吉澤嘉代子から目を離すな(5) – 「がらんどう」:恋愛=エゴ #吉澤嘉代子


先週赴いたインストアライブで、吉澤嘉代子さん公認というか黙認になったこのブログ。
滅多なことは書けなくなるなぁ、と少々プレッシャーではあるが、書かせて頂く。

さて私、何も『箒星図鑑』ばかり聴いているわけではない。
終売の上に価格高騰中の『魔女図鑑』はまだ聴けていないが、それより後のミニアルバム『変身少女』『幻倶楽部』は既に購入済み。

『変身少女』が往年のポップスにレイドバックした濃厚なラブリーポップス満載のアルバムなのに対して、この『幻倶楽部』は歌謡曲テイストに溢れた楽曲が多い印象がある。
楽曲ごとの振り幅が非常に大きいアルバムの、そのラストを飾るのがこの「がらんどう」。

好きな人のつれない態度に翻弄され続け「もう終わりにしよう」と、会う前に何度も決めるのだけど、実際会う度にその約束は自分の中で何度も破られてしまう。
何故「つれない」のか。その理由はとうの昔に気づいている。でも、どうしようもない。好きだから。
実は自分にも「言ったら壊れてしまう秘密」はある。子供のふりをしているけど。それが彼に気づかれているかどうかは分からないが、そんなことはどうでもいい。
どう、騙し合いっこをしているのだ。大人だもん。
でも、こんなことをしていても何もならない。少なくとも、朝日の中でひとりで泣くのは嫌なんだ。
夢から醒めなくちゃ。どうせ誰にも、そして自分でさえも、自分の「がらんどう」を満たすことは出来ないのだから。

こんな歌詞を書ける人を久々に見た気がする。
恋愛をストレートに描く、ってきっとこういうことなんじゃないだろうか。
吉澤嘉代子はこんな歌詞を、シンプルなオケに乗せて朗々と、でもどこか淡々と歌い切る。

当たり前の話だけど、恋愛ってハッピーなことばかりではない。むしろアンハッピーなことの方が多い気がする。
それでも、何で人は人を好きになってしまうのか。
自分の中の「がらんどう」を満たしたいと思うからなのか。
そんなことを、この曲を聴く度に考えてしまう私なのであった。