追論・鬼滅の刃 – 継承する想い


週刊少年ジャンプ連載中の漫画「鬼滅の刃(きめつのやいば)」が大ブレイクしている。
昨年拙ブログでも取り上げたが、ここから1年弱で世間一般に広く知られることとなった。

特に昨年秋まで放送されたテレビアニメの効果が大きかったと思う。
作画といい演出といい声優陣といい、制作に携わった方々の熱意が伝わって来る、素晴らしい作品だった。
アニメ第1期は放送終了したが、劇場映画の製作・公開が発表されたことで、ファンの飢餓感を煽ることにもなり、改めて原作に注目が集まったのではないだろうか。

テレビでは朝の情報番組や平日夜のニュースで特集され、美容院で「禰豆子ちゃんみたいな髪型でお願いします」といったオーダーをする女性がいたり、物語の舞台である大正時代をイメージさせる街並みが残っているとかで東京の谷中を訪れる人が増えたり……
私の周りでも「キメツノヤイバって最近すごい人気なんでしょ?」と訊いてくる人が増えた。
連載初期から読み続けている私としても喜ばしい限りだが、それでも昨秋からの急激なバズりぶりには驚いた。

ここまで支持を集めている理由は一体何だろうか。
本作に触れた方ならご存知だと思うが、主人公・竈門炭治郎(かまど・たんじろう)だけが圧倒的に活躍する物語ではない。
特に本誌では、鬼殺隊の中心メンバーである柱(はしら)についても深く描かれるようになっており、一種の群像劇になっている。
柱が描かれるのは、何も活躍だけではない。むしろ悲しい過去や、敵である十二鬼月の「上弦の月」との激闘の末、壮絶な最期を遂げることも少なくない。
それでもファンが大きく離れる雰囲気は見られないのは、本作が「継承」の物語であることを、読者もどこかで理解しているからではないだろうか。

鬼殺隊の当主や柱は何代かに渡っているし、敵である鬼の「十二鬼月」も代替わりがある。
鬼殺隊の隊士が鬼に斃されても、また隊士が鬼を滅しても、皆「後を継ぐ者が思いを果たしてくれると信じている」と今際の際に呟いて、命を枯らしていく。
死ぬことは悲しく苦しい。それでも、思いを引き継いでくれる者が必ずいる、そう信じられるのは、どれだけ素晴らしいことか。

鬼と鬼殺隊の戦いの決着がどうなるかは分からない。
我々読者は、「継承」の歴史の果てを見届けるしかないのではないだろうか。
たとえそれが、とても救いのない結末だったとしても……